大野 貴央Ono Takao71期司法修習生 2018年入所

忘れられないエピソード

私が登録4年目のころに担当した遺産分割事件で、兄弟間の感情的対立が非常に激しい案件がありました。

当時の私は、「感情的になっても問題解決にはつながらない。だからこそ、丁寧かつ説得的な文章を積み重ねるべきだ」という考えを強く持っていました。そのため、依頼者の感情が強く表れた言葉も、できる限り穏当な表現へ置き換え、何重にもオブラートに包んだ文章を作成して、相手方との交渉にあたっていました。

依頼者の方も私の方針を理解し、納得してくださっていましたが、ある打合せの席で、「先生は優しすぎるからなぁ」と苦笑いされたことを今でもよく覚えています。

2年以上にわたる交渉を経て、調停での協議が大詰めを迎えたころ、残された最後の争点について、調停委員から「この点は相手方の言い分にも一理あるので、譲歩できないか」と提案されました。
その争点は、感情面で折り合いがつかなかったため残っていたものであり、金額的な影響は大きくありませんでした。弁護士として冷静に考えれば、そこにこだわって争い続ける実益は乏しく、合意直前の段階で調停成立を逃すリスクも踏まえると、調停委員の提案に応じ、依頼者を説得するという判断も十分あり得る場面でした。

しかし、当時すでに依頼者と長く接していた私は、不思議と、「この譲歩だけは、この人にとって受け入れられないだろう」と直感しました。
そこで、依頼者に確認するより先に、「これまでの経緯を踏まえると、当方依頼者として相手方へ譲歩することは考えられません」と、その場で調停委員へ反論しました。
その場で毅然と反論したこともあり、調停委員は当方への説得を断念し、最終的には、依頼者が納得できる内容で調停を成立させることができました。

調停終了後、依頼者から「先生が最後に、僕の気持ちをしっかり伝えてくれて嬉しかった」と言っていただきました。その言葉を聞いたとき、代理人としてこの案件に向き合い、解決までたどり着けて本当によかったと、深い充実感を覚えたことを今でもよく記憶しています。

私があの調停の場で、依頼者の心情を適切に汲み取り、代理人として必要な反論を即座に述べることができたのは、長い期間をかけて案件と依頼者に向き合い、その考えや感情を理解しようと努めてきた結果だったのではないかと思います。

単に法律論として合理的な判断を示すだけではなく、依頼者が何に苦しみ、何を大切にしているのかを理解したうえで、代理人として最善の対応を選択することの重要性を、私自身が強く実感した案件でした。
この経験は、私にとって、弁護士としての成長を実感できた出来事のひとつです。

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